統合失調症の病識理解

今日は病識の理解について話をしていきたいと思います。

精神疾患はそれぞれ完全に独立しているものではなく、うつ病でも統合失調症のような症状が現れたり、その逆もあったりします。

そのため診断という意味でも中々難しい面があるのも事実です。

(診断する意味があるのか不思議に思うときもありますが。。)

ただ、ご自身が自分の症状がどのようなものかを理解しようとする姿勢は重要かと思います。

その上で精神疾患全体の病気に対する知識や、薬に対する知識などあった方が良いと考えます。

基本的に患者さんは、少しでも自分の状態を良くしようとする方が多いので、自分の状態を知ろうとする積極的な姿勢がある人もたくさんいます。

素晴らしいと思います。

話を聞くと調べた情報がネガティブなものに偏っている傾向もあるので、両方の情報を平等に集めて客観的に自分の状態を見つめることが出来るように意識出来ればなお良いです。

一方で

私は病気ではないと頑なに否定をされる方もいます。

話に行っても

「調子はいかがですか?」

と聞こうものなら

「私はおかしくないんで、なんでそんなこと聞くんですか」

と苛立ちを見せて中々話が進まない方がいるのも事実です。

結局、その方とは深いところまで話をすることが出来ずに担当を終えてしまいました。

考えるに

精神疾患=恥ずかしいこと、人より劣っている

という考えが強くあったのだと思います。

私は人より劣っていない、恥ずかしい人間じゃない。

精神疾患を持つ人への社会の今までの背景を考えると、そう考えてしまうのもすごく分かるんです。

実際に医療従事者ですら偏見を持って軽んじた対応をしている方もいました。(憤りを感じ、悲しいことではありますが)

しかし、本人自身がそう考えて、病気への理解を示さないと先に進まないのもまた事実です。

現状を受け入れるといいますか。

この感覚は重要です。

僕個人の意見で言えば

・精神疾患を患い自身を卑下する人

・精神疾患を患い改善のために日々努力している人

・精神疾患ではなくて、偏見の目を持つ人

・精神疾患ではなくて、誰に対しても平等な人

全て「人」です

ほんとに当たり前のことなんですが、ただの人です。

なにも変わりなく上も下もありません。

この観点について変に差別意識があるから戦争は起きるし、肌の色の違いぐらいで、住む場所の違いぐらいでいじめが起きたりします。

ほんとに、、しょうもない。

部落差別についての授業が中学の時にありましたが、どう思いますか?

どうでも良いですよね。

昔の出来事を今を生きる人が背負う必要ないと思います。

話が逸れましたが、こういうことなんです。

そもそも。

精神疾患に対して偏見を持っている人が今後、精神疾患を患わない可能性が0なんて確信もありませんよ。

マイノリティーは基本的に誹謗中傷の段階が必ずありますが、もはやマイノリティーではありません。

誰もが患う可能性があるぐらい、一般的になっています。

どの立場であろうと過ごしやすい社会になるのが良いですね。

そのため、まずは自分に精神疾患があることを受け入れた上でどのように、対処、改善していくかを考えていくことが大事かと思います。

卑下する必要は全くないと思います。

なにかご質問などありましたらお気軽にご連絡下さい。

無料での面談は随時受け付けております。

不登校に対して物申す。

不登校はいけないことだ!

なんて発言するつもりは毛頭ありません。

行かなくなった、行けなくなった理由は人それぞれあると思いますが、学校に行かない選択をしたのは自分自身で、それで良いと思います。

・義務教育だから行かないといけないとか

・学校で人間関係を作らないと、社会に出たら不安とか

・良い大学に入れないとか

全部、自分自身でなんとかなると思います。

実際に僕がそうでした。学校はろくにいってないですけど(高校なんて行ってすらいない)上記のような心配事が現実になったことはありません。

能力の話ではなく、学校に行かない時期に何をするのかだと思います。

僕は不登校を

貴重な経験をしたと思っています。

それは今でも変わりません。

不登校をネガティブなものとして捉えず、せっかく時間が出来たんだから、いつもは出来ないことをしようぐらいに考えたら良いと思います。

・義務教育だから行かないといけないとか

→行かなくてもなんとかなります。本当に。

・学校で人間関係を作らないと、社会に出たら不安とか

→学校だけが人間関係の形成をする場ではありません。今なら会いたい人に会える環境が整っています。興味がある人に積極的に会いに行けば、そこから拡がる世界はたくさんあります。狭い環境だけに縛られないでください

・良い大学に入れないとか

→勉強だけでみたらそれこそ学校は必須ではありません。情報が手に入りやすいので、それこそ1人でも出来ます。

自分の経験を踏まえて書かせて頂きましたが、ほんとにこんなもんです。

このぐらいに緩く考えて、もし不登校になるなら(もしくはなっているなら)ご自身のしたいことをたくさんやってみて下さい。それこそが人生において大きな経験になります。

不登校という状態が問題ではなく、不登校の時に何をするかが問題です。

心が苦しいならしっかり休めば良い

なにかしたいことがあるならすれば良い(ただし全力で)

ほとんどの人がしない経験を出来ることはそれだけで価値がありますよ。

ご質問や、僕自身の経験をもっと詳しく知りたいなどありましたらお気軽にご連絡下さい。

 

今をどう捉えるかでうつ病も、不安障害も経過が変わります

今現状について
自分自身について
身の回りのことについて
人間関係について

「捉え方」は、誰にとっても重要なことになってきます。

同じ出来事に対しても、捉え方によって、幸せに行くていく人もいれば、不幸になって生きていくのが辛い方もいる。

そのぐらい大切な捉え方。

捉え方なんて、それこそ人によって様々で

正解、不正解

良い、悪い

などといった二次元論的なお話でもないのですが、

たくさんの患者さんとお話しする中で、このように考えた方がもっと楽になるのではないかという1つの考え方がありますのでお伝えしていきます。

変化

皆さん自身でも変わりたい、こうなりたいと思うことはたくさんあるかと思います。それがあるから成長に繋がったり、より良い自分になっていきます。

また、内的な部分ではなく、外的な環境も常に変わらないものは何一つありません。始まりがあれば、終わりは必ず来るものです。

変化は当たり前。

その上でどうより良く対応していくかも非常に大切になります。

話が逸れました。

ただ変化は当たり前という前提で生きると生きやすくなることもありますのでお伝えしました。

元に戻します。

変化をご自身で求める方はたくさんいるとは思うのですが、その時にどのような考えで変化を求めているかについてです。

例えばですが

あなたがなにか資格を取りたいとします。(資格以外でもこうなりたいという状態を思い浮かべてもらえたら大丈夫です)

その時に

今の私ではダメだし魅力がないから資格を取りたい

なのか

今でも十分満足しているし、良い感じだけど、興味もあるし取ってみようかな

なのか

で大きな違いが出ます。

前者は言ってしまえば、現在の自分はダメだから、少しでも良くするために変わろうという視点

後者は現在の自分でも満足しているけど、更に良くするために、せっかくだし変わろうという視点

悪い→良い

なのか

良い→更に良い

なのかの違いです。

多くの人が「今の自分はダメだから」という視点で変わろうしている気がします。

その点をまず変えた方がよいのになーと思って今回話をしました。

良い、悪いを決めるのは結局は自分の視点でしかないので。

今の状況がどのような状態であっても、今現状を良いと思うことは、あなたがそう思うと決めたら出来るんです。

その上で、変化していこうと思うなら変わっていけば良い。

自分で自分を苦しめる必要はないです。

変化は大事です。そして変化はしていくものです。

ただ、その際の考え方を一度立ち止まって考えてみましょうというお話でした。

悲観的になりすぎる必要はありませんので。

相談や、お聞きしたいことがある方は、お気軽にご連絡下さい。

無料面談は随時行っておりますので、以下よりご連絡下さい。

統合失調症は統合しすぎる病

前回、統合失調病についての内容を書かせて頂きました。

統合失調症は以前は精神分裂病と以前呼ばれていて、差別的な要素が病名に強すぎるということで、現在は統合失調症と病名が変わっています。

ただ、ですね、統合失調症って病名を聞いてどのような病気だと思いますか?

そもそもイメージがつきにくい方も多いかもしれませんが僕は

「物事に対する意味づけや解釈(統合)の仕方が上手く出来なくなる病」

だと考えていました。

その原因はもちろん脳内の化学物質のバランスが崩れることによる起こるものです。

原因は確かに脳内の化学物質のバランスの乱れであるのですが

(ではなぜバランスが崩れるのかという根本的な原因は未だに未解明な点が多いです。遺伝的な要素だったり、環境的な要因だったり、生育歴だったり様々な要因が複雑に関わっています)

その原因によって引き起こされる統合失調症という病へのイメージは臨床経験の中で多くの患者さんと話すことで大きく変わりました。

それは

「物事に対する意味づけや解釈(統合)の仕方が上手く出来なくなる病」

ではなく

「物事に対する意味づけや解釈(統合)をしすぎてしまう病」

統合しすぎてしまう病が統合失調症

だと思うのです。

患者さんからお話を聞くと多くの方が

・飛行機が飛んでいるのを見て、あれは自分を監視しているために飛んでいるんだ

・あそこに立っている人は私を狙っている、スナイパーです

・電車に乗ったら、グループで笑っている人がいたんですが、あれは私のことを笑っていたんです

・隣の家で物音がしました。あれは僕にうるさいって意味で鳴らしているんだと思います

など、五感で感じている全てのことを自分に意味づけて(大抵は悪い方)考えて、苦しんでいます。

患者さん自身にも、

「このような(上記のような)ことを言う人に対して、どんな声を掛ける?」

と聞くと他人に対しては

「そんなことはないから安心して下さいって言います」

と返答が来ます。

「あれ、ご自身に対しても同じことではないですか?」

と尋ねると

「僕(私)のは違います。」

断言されます。

もちろん、それは違うよと言って済むなら、そもそも苦しでいないので、完全に発言を否定することはしません。

否定をする時は、僕は緊急性のある時(自傷他害の恐れがある時)だけです。

それ以外はまず聴きます。

そして時折、上記のような質問を投げかけたり、物事に対しての意味づけで他の可能性はない?など話したりしていきます。

すると、しばらくすると

「僕(私)のは違うかもしれません」

「僕(私)のは違う時もあります」

と発言内容が変わっていきます。

ですので、いま現在、統合失調症の方も支援する立場の方も、病気について真剣に知る必要があります。

・自分の病はどういった症状なのか

・他の人はどうなのか

などなど

苦しいとはもちろん思います。

それでも、向かい合っていく中で見えてくるものもあります。

僕自身が患者さんと向き合う中で得たことはたくさんあります。

状態が良くなるように手助けも、微力ながらでも出来るようにもなりました。

なので考えるきっかけとなればと思い、僕の経験上での統合失調症という病についての解釈を書かせて頂きました。

無料相談は随時行っていますので、お聞きしたいことがある方はお気軽にご連絡ください。

 

受容の大切さ

人生の幸せは結局、自分自身がどれだけ自分のことを受け入れることが出来るかだと思います。

周りが何を言おうが、私は幸せ、私は素晴らしいと思えば、それはそういった人生になります。

中々、周りの批判や意見を気にせずということが難しいかもしれません。

ただ、見方を変えたらそれだけなんですよね。

そのために必要なのが、自分のことをどれだけ「自分」が受け入れることが出来ているか。

良い部分も悪部分も含めてです。

そもそも良い、悪いを決めているのも自分自身なので。

自分の全てをただ受け入れる。

「こんなとこあるけど、ま、それが私だしね」

客観的に受け入れてみる。

その上で、向上心を持って前を向いて進んで行く。

このような姿勢が健全なのだと思います。

どんどん向上心を持って進んでいるように見えて実は今の自分を受け入れることが出来ない、自分が嫌いだからという思いでがむしゃらに進んでいる人もいます。

前提として自分を受け入れていないので、辛いでしょうし、しんどいと思います。

そもそも人生を幸せに生きるということが大多数の人が求めるところなのに、不幸に進んで行きやすいです。

自分を受け入れていない上での向上心は。

受容することで、身体的な症状が消えることも多々あります。

(その点はまたどこかでお話しします)

それぐらい、今の自分を、そのままで良いと思う姿勢は大事です。

先にある未来ではなく、現在の自分をただただ良いものと受け入れて下さい。

誰でも今までの歴史の中でも、二つと無い唯一の存在です。

あなたに出来ないことがあっても、あなたにしか出来ないこともあります。

できる部分に目を向けて、自分の価値をしっかり感じてください。

誰もが唯一の存在です。

その価値への理解を十分に行ってください。

無料面談は随時行っています。

なにかありましたら以下よりお気軽にご連絡ください

 

統合失調症も1つの疾患です

「統合失調症」

と聞くとどのようなイメージを持ちますか?

ほんの十数年前まで、統合失調症は精神分裂病と呼ばれていました。

当時僕は中学生でしたが、精神分裂病って病名には非常に違和感を感じていたことを覚えています。

実際に疾患にかかってる人も、その病名を聴いた人にとっても、恐さと不安を与えるのには十分なネーミングじゃないかと思います。

そのような経緯もあって、精神分裂病から統合失調症へと病名が変わりました。

それでもイメージとしては根強く以前のままのものが残っています。

偏見が強く残っています。

いま現在、疾患に罹っている方にとっても必要以上に絶望を与えることになります。

「ブラックジャックによろしく」

で精神科病院をテーマに書いている巻があるのですが、凄くリアルな描写で描かれています。

症状の変動時には奇異に移る行動や言動があるかもしれないですし、患者さん本人も本当に苦しいかと思います。

ただ、あくまで症状なんですよ、高血圧であれば血圧が高いというのと同じです。

そのような認識に多くの方が変わっていくことためにも、一度無用な偏見や思考から離れて考えて頂けたらと思います。

 

 

 

 

たった一言で人生が変わることもあるんで

友人、知人の何気ない一言で、ずっと抱えていた悩みから救われたり、気持ちが軽くなったりしたことはありませんか?

一方で、たった一言が尾ひれをつけて嫌な気持ちにさせてしまうこともあるかもしれません。

それだけ「言葉」は大きな影響を私たちに与えます。

では、あなた自身はあなたにどんな言葉をかけていますか?

自分なら出来るなのか、自分には出来ないなのか

自分は幸せな人生だなのか、自分はいつも不幸だなのか

自分は素晴らしいなのか、自分なんて大したことないなのか

周りの人が投げかけてくる言葉でも影響を受けるでしょう。

でも、それ以上に自分が投げかける言葉はとんでもないぐらい自分に影響を与えます。その普段から投げかける言葉が思考になり、現実となっていくんです。

あなたが普段、自分に対して投げかけている言葉は

肯定的ですか?否定的ですか?

一度、振り返ってみて下さい。

お聞きしたことがある方もいるかと思いますが、こんな話があります。

像が逃げないように像の足と、太い木の幹とを鎖で繋いでいたそうです。

もちろん最初は像も力の限り、鎖を引きちぎろうと奮闘します。しかし、どれだけ頑張っても鎖は切れません。そして、とうとう像は諦めてしまいます。すると、なんと鎖を外しても像は逃げようともしなくなります。例え鎖がなくなっても逃げることは出来ないと思い込んでしまうのです。

これと同じことが、否定的な言葉を投げ続けることで起きてしまいます。

思い通りの人生が歩めない

自分には能力がなくて良い職につけない

自分の病は治るわけがない

これって、結局は自分投げかける言葉で大きく変化することは多いです。

奇跡と思える変化だって起こせます。

ザ・シークレットという本には一般的には奇跡のような出来事がたくさん紹介されています。

初めは、誰もいなくても肯定的な言葉を自分にかけることすら難しいぐらい、否定的な言葉に慣れきってしまっているかもしれません。

だったら「ありがとう」で良いんです。

今まで頑張ってくれありがとう

辛い時でも乗り越えてくれてありがとう

生きていてくれてありがとう

他でもない自分に感謝の言葉かけて下さい。

そして抵抗がなくなって来たら、自分に対して肯定的な言葉を投げかけて下さい。

自分から自分への悪口は止めて。

誰に聞かれるわけでもないので、大胆に肯定的な言葉をかけていきましょう。

ご相談のある方は随時受け付けています。

以下よりお気軽にご連絡下さい。